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千葉地方裁判所 平成3年(ワ)1746号 判決

原告

ソニー株式会社

右代表者代表取締役

大賀典雄

右訴訟代理人弁護士

中村稔

田中伸一郎

田中美登里

吉田和彦

被告

有限会社ウォークマン

右代表者代表取締役

川井和廣

右訴訟代理人弁護士

菊池武

林紀子

主文

一  被告は、その営業に係る靴、被服等の販売業務及び広告等の営業活動並びに営業施設について、「有限会社ウォークマン」の商号及び「ウォークマン」の文字を使用してはならない。

二  被告は、千葉地方法務局受付の被告有限会社登記のうち「有限会社ウォークマン」の商号の抹消登記手続をせよ。

三  被告は、その販売する靴類及び被服類の包装用袋、レシート及びちらし、看板、幟、ひさし型テントその他宣伝広告物並びに案内板に別紙被告標章目録(一)及び(二)記載の各標章を、値札に同目録(一)記載の標章を、それぞれ使用してはならない。

四  被告は、右目録(一)及び(二)記載の標章を付した包装用袋、値札及びちらし、看板、幟、ひさし型テントその他宣伝広告物並びに案内板を廃棄せよ。

五  被告は、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成四年一月一七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

六  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文と同旨。

2  一項及び三ないし六項について仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  当事者

(一) 原告は、電子・電気機械器具の製造、販売等を初めとして多角的な営業を行っている資本金約二九七五億二八五九万円の会社である。

(二) 被告は、靴の卸売業・小売業、家庭用電気機械器具の販売及び音響機器の販売等を営業目的として、昭和六三年六月二三日に設立された資本金五〇〇万円の有限会社であり、被告本店所在地の店舗(一号店)のほかに、本件訴えの提起後開設した二号店(千葉市稲毛区小仲台二丁目四番五号丸宮ビル一階)、津田沼店(船橋市前原西二丁目一三番八号中台ビルディング一階)及び本八幡店(市川市八幡三丁目一番七号)において、「有限会社ウォークマン」の商号を使用して、靴類及びズボン、シャツ、ネクタイ、帽子、ソックス等の被服類を販売している。なお、被告代表者は、昭和六〇年一二月一日、被告本店所在地において、「ウォークマン」名でスポーツシューズ・スニーカーの専門店を開業した後、前記のように被告を設立し、被告が営業を承継した。

2  原告の商標権

(一) 原告は、昭和五四年頃、画期的な小型軽量携帯用カセットテーププレーヤーの開発に成功したが、右商品は、小型で軽量なため、歩行中に携帯して使用することができるという特徴があった。そこで、原告は、歩きながら聴くことのできるプレーヤーであることを強調するために、歩くを意味する英語の「WALK」と、人を意味する英語「MAN」を組み合わせた造語の「WALKMAN」及びそのカタカナ表記である「ウオークマン」を考案し、右商品について使用する商標とした。

(二) そして、原告は、「WALK-MAN」及び「ウオークマン」につき、旧商品区分(平成三年政令二九九号による改正前のものをいう。以下、同様である。)一一類内において小型携帯用カセットテーププレーヤーを指定商品とする商標登録のほか、多くの商品区分内の商品について商標登録を受けているが、被告の取扱商品である靴類及び被服類についても別紙原告商標権目録(1)ないし(5)及び別紙原告商標目録(一)ないし(三)記載のとおり商標登録を受けている(以下、別紙原告商標目録(一)の登録商標を「原告商標(一)」、同(二)を「原告商標(二)」、同(三)を「原告商標(三)」という。また、これらを総称して「原告商標」といい、その商標権を「原告商標権」という。)。

3  商標法による請求

(一) 被告の標章使用

(1) 被告は、その設立後、別紙被告標章目録(一)及び(二)記載の標章(以下「被告標章(一)」及び「被告標章(二)」といい、総称して「被告標章」という。)を、被告が販売する靴類及び被服類の商品を入れて客に渡す包装用袋及び右販売に際して客に交付するレシートに表示し、また被告標章(一)を右商品に付ける値札に表示している。更に、被告は、被告標章を、右商品を広告するために配布するちらしの上部並びに被告の店舗及びその付近に設けた看板、幟、ひさし型テントその他宣伝広告物と案内板(以下、右の看板以下の物を「被告看板等」という。)に表示している。

(2) 標章は、商品について自他識別機能を有するような態様で使用されているとき商標として使用されているものに該当する。ところで、包装用袋、レシート、値札、ちらし及び被告看板等に付された被告標章は、被告が販売する商品について被告が選択のうえ販売するものであることを示し、また商品の品質等について被告が販売業者として責任を持つ趣旨で付されているから、被告が販売する商品を他の販売業者の取り扱う商品と識別する機能を果たしている。

(二) 原告商標と被告標章の類似性

被告標章は、いずれも原告商標(二)及び(三)と類似している。なお、被告標章(一)は、靴の絵柄と「WALKMAN」の文字が一体不可分に結合された商標であるところ、文字部分が見る者の注意を引く要部の一つであって、文字部分から「ウオークマン」の称呼を生ずるから、右標章は原告商標(二)及び(三)と類似しているというべきである。

(三) 原告商標権の指定商品と被告の商品の同一性

被告の取扱商品は原告商標権の指定商品に属する。

(四) 原告の損害

(1) 商標法三八条二項により、原告は、被告に対し、原告商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を原告が受けた損害の賠償の額として請求することができる。ところで、原告は、後記のとおり原告商標のライセンス事業を展開し、靴及び被服等についても原告商標の使用許諾をしているが、その使用料の額は、当該商品の販売額の五パーセントである。従って、原告商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額は、商品の売上高の五パーセントであり、どう少なく見積もっても、商品の売上高の一パーセントを下廻ることはない。そして、被告は、その販売する全商品について原告商標権を侵害しているから、原告は、被告の全商品の売上高の少なくとも一パーセントにあたる額を損害賠償として請求することができる。ところで、被告の売上高は、平成二年六月期は二億二〇〇〇万円、平成三年六月期は二億七〇〇〇万円、平成四年六月期は四億三二〇〇万円の合計九億二二〇〇万円であるが、その一パーセントに相当する額は、九二二万円である。

(2) 原告は、本件訴えの提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任し、その報酬として二〇〇万円を支払うことを約した。

(五) よって、原告は、被告に対し、①商標法三六条一項に基づき、被告の販売する靴類及び被服類の包装用袋、レシート及び被告看板等に被告標章を使用すること並びに値札に被告標章(一)を使用することの差止めを、②同条二項に基づき、右標章を付した包装用袋、値札及び被告看板等の廃棄を、また、③商標権侵害行為により被った損害として、前記(四)(1)及び(2)の損害の合計一一二二万円の内金である三〇〇万円及びこれに対する不法行為の後であり本件訴状送達の日の翌日である平成四年一月一七日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ請求する。

4  不正競争防止法による請求

(一) 原告の商品表示及び営業表示とその周知性

(1) 原告商標及びその称呼である「ウオークマン」(以下、これらを「『ウオークマン』表示」ともいう。)は、原告の商品である小型軽量携帯用カセットテーププレーヤーに使用されて日本国内のみならず世界的にも極めて著名となり、既に昭和五五年には、「ウオークマン」といえば、単に原告のカセットプレーヤーを想起させるにとどまらず、原告そのものを連想させるまでになった。すなわち、「ウオークマン」表示は、原告の商品であることを示す商品表示[旧不正競争防止法(平成五年法律四七号による改正前の不正競争防止法をいう。以下「旧法」という。なお、右改正後の不正競争防止法を「新法」という。)一条一項一号該当]であるとともに、原告の営業であることを示す営業表示(旧法同条同項二号該当)にもあたる(原告が依頼して実施した平成四年三月時点のアンケート調査によれば、「ウオークマン」という言葉により原告という営業主体を連想する人の数は、東京周辺において八〇パーセント以上にも達している。)。

(2) 更に、原告は、電子・電気機械器具の製造販売を営業の中核とするものであるが、多年にわたり、医療機械器具、光学機械器具及びその他の機械器具の製造販売、視聴覚機器の媒体(ソフトウェア)の企画制作、金属工業製品、化学工業製品及び窯業製品の製造販売、繊維製品、紙、木工品、日用雑貨品、スポーツ用品、玩具、食料品の製造販売等の営業を、自ら、又は関連会社により行っており、原告が多角的な企業体として各種分野で営業活動をしていること、更に活動分野を拡大する傾向のあることは、つとに知られているところである。また、原告は、原告商標を各種商品に使用することを許諾して使用料を得るというライセンス事業を推進しており、原告の一〇〇パーセント子会社であるソニー企業株式会社を通じて、被告の取扱商品である靴類及び被服類を初めとして、眼鏡類、ビニールロッカー等、多種多様な商品について右事業を展開してきている。加えて、原告は、昭和六三年頃より、全国各地の特約電気店等に対し、「WALKMAN PRO SHOP」という表示の下に営業をなすことを許諾しており、右ショップは、現在全国に九七店、千葉市内にも二店存在している(そのうちの一店は、被告の店舗がある稲毛駅周辺に存在する。)。従って、これらのことから、「ウオークマン」表示は、原告の商品表示及び営業表示として一層周知著名になっている。

(3) なお、被告は、「ウオークマン」表示はカセットテーププレーヤー以外の商品分野(被告の取り扱う商品分野)における商品表示ないし営業表示として周知性がないと主張し、これを不正競争防止法上の請求に対する反論としているが、旧法一条一項一号及び二号の適用のためには、ある表示自体が周知であれば足り、商品分野の同一性は、混同の要件について考慮されることはあっても周知性の要件ではないから、失当である。

(二) 被告の商品表示及び営業表示

被告は、前記のように、「有限会社ウォークマン」の商号を使用して、これを営業表示とし、かつ、前記のように被告標章を使用している。

(三) 原告表示と被告表示との類似性

被告の右商品表示あるいは営業表示と「ウオークマン」表示とは、外観、称呼及び観念のすべてにおいて一致している。

(四) 原告の商品あるいは営業と被告の商品あるいは営業との混同のおそれ及び原告の営業上の利益が侵害されるおそれ

(1) 原告と被告との間には、前記(一)のように原告の多角的経営ないしライセンス事業を通じて、現実に競業関係が存在する。のみならず、「混同」概念には、被冒用者と冒用者の間に直接の競争関係がなくても、両者間に取引上、経済上あるいは組織上なんらかの関連があるとの誤認を生じさせるおそれがある場合も含まれる(広義の混同)。

(2) ところで、「ウオークマン」表示は、カセットテーププレーヤーについて著名であり、その結果、原告商標は、前記のように原告による広汎なライセンス事業により、携帯用カセットテーププレーヤー以外の分野の多数の商品(被告の取扱商品である靴類及び被服類を含む。)について商品表示として使用されてきたものであるとともに、原告による右ライセンス事業活動において使用され、同事業を示すものとして用いられている。このような素地があるとき、被告が、「ウォークマン」を商号に使用し、またその店名として表示し、あるいは被告標章を被告の販売する商品について使用するならば、需要者に原告の営業上の施設又は活動となんらかの関係があるものと誤認混同を生じさせるおそれがある。

(3) また、「ウオークマン」は造語であるから自他商品識別力が強く、そのネーミングがユニークであるがゆえに営業主体との結び付きが確立しやすい。そして、営業主体との結び付きが強ければ、第三者が使用した場合の前記混同のおそれは一層強くなる。

(4) なお、原告商標は前記のように著名商標であって「ウオークマン」表示は著名表示であるところ、著名表示が持つ顧客吸引力は、独自の財産的価値を有しており、これが冒用されるときには、冒用者は本来行うべき企業努力をせずに著名表示の有する顧客吸引力にただ乗りすることができ、他方、多年の企業努力により高い信用・名声・評判を得るに至った著名表示とその主体との結びつきが薄められて、表示の持つ高い信用等が稀釈されることになる。著名表示のこのような性質の冒用行為については、広義の混同の要件は緩やかに解して著名表示を保護すべきである(新法二条参照)。

(5) そして、以上によれば、被告が「ウォークマン」を使用することにより、原告の営業上の利益が侵害されるおそれがあることは明らかである。

(五) 被告の故意又は過失

被告代表者は、被告が設立される以前の昭和六〇年一二月一日から、被告本店所在地と同一の場所において、「ウォークマン」、「WALKMAN」をその店舗名として使用しかつ販売する商品について使用していたので、原告は、昭和六二年七月、被告代表者に対し、右表示の使用は原告の著名表示に対する不正競争行為であるので中止するよう警告した。しかるに、同人はこの要求に応じず、後に被告を設立してその商号として採用し、使用を継続しているのであるから、被告代表者には故意がある。

(六) 原告の損害

原告は、被告の右不正競争行為により、原告の商品及び営業との間に混同を生ぜしめられ、これにより、損害を被ったが、右損害の額は、商標法による請求の請求原因3(四)と同じというべきである。

(七) よって、原告は、被告に対し、次の(1)、及び、前記3の請求と選択的に次の(2)及び(3)のとおり請求する。

(1) ①被告の営業活動及び営業施設について「有限会社ウォークマン」の商号及び「ウォークマン」の文字を使用することの差止め並びに②有限会社ウォークマンの商号の抹消登記手続をすること

(2) 請求原因3(五)の①と同じ使用差止め及び同②と同じ物の廃棄

(3) 請求原因3(五)の③と同じ損害金及び遅延損害金の支払い

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1は認める。

2(一)  同2の(一)のうち、原告製小型軽量携帯用カセットテーププレーヤーが「ウオークマン」のブランド名で知られていることは認めるが、その余は知らない。

(二)  同(二)は認める。

3(一)  同3の(一)のうち、被告が原告主張のとおり被告標章を表示していることは認めるが、これらが被告の商品に付されていること及び右表示行為が原告主張のように商標の使用に該当することは否認する。

被告は、営業主体である被告を表示するため、あるいは店名の表示として、原告主張の物に被告標章を表示しているのに過ぎず、商品表示として、あるいは商品名として被告標章を表示しているのではないから、右表示は商標の使用に該当しない。このことは、包装用袋、レシート、値札等の表示に「スニーカー、スポーツ、ブランドシューズ専門店」の記載及び電話番号が記載されていること等に照して明らかである。

(二)  同(二)は争う。

被告標章(一)は、「WALKMAN」の文字のほか靴の絵柄が付されているから、原告商標(二)に類似していない。仮にそうでないとしても、被告標章(一)の靴の図柄と英文字「WALKMAN」とは一体不可分ではなく、英文字部分はいつでも他の文字に取り替えることが可能であるから、靴の絵柄部分まで原告商標権を侵害しているという原告の主張は失当である。

(三)  同(三)は争う。

被告の取扱商品中の靴類は旧商品区分二四類に属するスポーツシューズであって、旧二二類の商品ではない。また、被告の取扱商品中の被服類も旧二四類に属するスポーツウエアであり、旧一七類の商品ではない。

(四)  同(四)のうち、被告の三年間の売上高は認めるが、その余は争う。原告は、被告が被告標章を使用することによりなんら営業上の利益を害されず、損害を被ってもいない。

4(一)  同4の(一)のうち、「ウオークマン」表示が原告製小型軽量携帯用カセットテーププレーヤーに関して日本国内で周知であることは認めるが、その余は争う。「ウオークマン」表示は右カセットテーププレーヤー以外の商品については知名度が低く、被告代表者が「ウォークマン」の商号で個人企業として靴などの販売活動を開始した昭和六〇年一二月当時はもとより、現在でも、カセットテーププレーヤー以外の商品について使用された場合に営業主体としての原告を連想させるほど周知著名になっている状況はない。

(二)  同(二)は認める(但し、被告標章は前記のように商標として使用されているのではない。)。

(三)  同(三)は争う。

(四)  同(四)は争う。前記のように、被告標章は原告商標と類似しないから、被告標章を使用することにより原告主張の混同が生ずることはない。また、「ウオークマン」表示はカセットテーププレーヤーに関して周知でありこれから右プレーヤーが連想されるとしても、それ以外の商品分野については周知ではなく、これを被告の取扱商品である靴類及び被服類と結びつける人はいないし、原告が靴等の販売を始めたと考える人もいないから、この点からも混同が生ずることはない。なお、原告はライセンス事業を展開していることを主張しているが、被告の営業は、単なる靴、被服類のスーパー(小売り)であって、原告が展開してきた商品化ないし製造ライセンスに係る事業とは明らかに業態を異にし、しかも商品分野を異にするものでもあるから、この関係でも競合が生ずることはなく、従って、混同のおそれはない。要するに、原・被告間に競業関係はなく、被告の事業により、原告の事業展開に何らかの支障が出るなどということはおよそ考えられない。現に、被告の顧客で、被告の取扱商品を原告と関係があるかのように誤信した者はまったくいない。また、原告は、広義の混同の概念を主張しているが、「ウオークマン」はハウスマークではなく、原告の商品のうち中心的なブランドでもないから、原告主張の広義の混同が生ずるほどの周知著名性を獲得していない。なお、「WALKMAN PRO SHOP」は被告の「ウォークマン」名の使用開始後の展開に係るものというのであるから、これを対象として競合ないし誤認混同を考えることはできない。

(五)  同(五)のうち、原告が昭和六二年七月被告代表者に対し使用中止の警告をしたことは認めるが、その余は争う。同代表者は昭和六〇年一二月一日から「ウォークマン」名を使用しているのであって、右開始時点において故意はない。

(六)  同(六)は争う。被告が「ウォークマン」名を使用することにより原告は営業上の損害を被っていないし、損害を被るおそれはない。

三  被告の抗弁

被告代表者は、昭和六〇年一二月一日に「ウォークマン」という表示の使用を開始したが、右時点においては、「ウオークマン」表示は、カセットテーププレーヤー以外の商品表示ないし営業表示としての周知性がなかった。そして、被告代表者は、「ウオークマン」表示がカセットテーププレーヤー以外の商品にも使用されていたり、あるいは営業表示の意味も有していたりすることを知らないで、従って不正競争の目的がなくその使用を開始し、被告は、被告設立とともに被告代表者の営業を営業表示を含めて承継し、現在に至っている。従って、被告は、「ウォークマン」という表示について先使用権を有する。

四  抗弁に対する原告の答弁

被告の抗弁は争う。

前記のように、周知性はカセットテーププレーヤーについて認められれば足りるのであるから、これ以外の商品分野について周知でなかったとしても、先使用の抗弁は成立しない(もっとも、カセットテーププレーヤー以外の商品についても、昭和五五年以降の積極的なライセンス事業展開により被告代表者が「ウォークマン」の表示を使用し始めたときには既に周知性が生じていた。)。

「ウオークマン」表示は原告の創造に係るものであり、原告及びそのライセンシーないしサブライセンシーがその使用を独占して、極めて精力的に、右表示を使用した商品の販売及び宣伝活動をした結果、昭和六〇年一二月以前において、原告の製品を意味するものとして、日本国内で極めてよく知られていた。このような状況下において、被告代表者は「ウオークマン」表示が特別の顧客吸引力を有することに着目し、それにただ乗りして不当に利益を得ようとする目的で自己の営業表示及び商品表示として採用したのであり、これは不正競争の目的に該当する。

第三  証拠関係

本件記録中の証拠関係目録に記載のとおりである。

理由

一  請求原因1(当事者)及び2(原告の商標権)のうち(二)は、当事者間に争いがない。

二  商標法による請求について

1  請求原因3の(一)(被告の標章使用)について

(一)  請求原因3の(一)のうち、(1)で原告が主張するとおり被告が被告標章を表示していることは、当事者間に争いがない。そして、証拠(成立に争いのない甲第一六号証、第三二・三三号証、乙第五号証の一・二、被告店舗の写真であることに争いのない甲第一三〇号証の一ないし二〇、原告主張の物であることに争いのない検甲第一号証、第三号証、被告主張の物であることに争いのない検乙第一ないし第三号証、被告代表者本人尋問の結果)によれば、右表示は以下の態様でなされていることを認めることができる。

(1) 被告は、当事者間に争いがないとおり靴類及び被服類専門の小売販売業者であるところ、被告の販売する商品は、いずれも他から仕入れた商品であり、仕入前に製造業者の商標が付されている。

(2) 被告は、これらの商品を販売したときに、包装紙で包む代りに商品をポリエチレン製の袋に入れて客に引き渡し、客は買った商品を右袋に入れて持ち帰るが、原告主張の包装用袋は、右の包装兼商品持帰り用の袋である。この袋は、深さ六〇センチメートル、横幅三五センチメートル程度の相当大きなもので、黄色に着色されているが、その両面の中央部分に、赤色で、被告標章(一)が縦横とも二〇センチメートル程度の幅で表示され、その下部に、同様に赤色で被告標章(二)が横二〇センチメートル程度の幅で表示されている。そして、これらの表示は、その大きさ、色彩及びデザインがあい俟って、持帰りの途中において人目を引き宣伝効果のあるように工夫されて表示されている。なお、袋のうちには、被告標章(一)及び同(二)の中間に、赤色の小さめの活字体で「スニーカー&スポーツ、ブランドシューズ専門店」と表示されているものもある。

(3) レシートは、客から代金の支払いを受けこれをレジスターで登録すると自動的に作成されるものであり、領収書代わりに客に交付するものであるが、そこには、取引年月日、受入れ金額、釣銭の金額が記入され、その最上部に、被告標章(一)がやや小さめに、また被告標章(二)がこれより大きめに表示されている。

(4) 値札は、被告が店舗内に陳列してある商品に貼付してその売値を表示しているものであるが、これには、売値と並んで被告標章(一)が印刷されて表示されている。

(5) 広告用ちらしは、被告の販売する商品について、写真、ブランド名、サイズ、色、価格等で多数紹介しこれを広告宣伝用に配布するものであるが、表面の上部中央部分に被告標章(二)が相当大きく表示され、その右側に被告標章(一)が比較的小さく表示されている。そして、更にその右側には、被告の営業時間、電話番号が記載され、表面最下部の右端には、被告の店舗の案内図が記載されている。

(6) 被告看板等は、被告店舗及びその付近に設けた看板、幟、ひさし型テントなどの宣伝広告物及び案内板である。被告は、店舗及びその店舗があるビルの壁面等に大きな看板を付けているが、これには、取扱商品の種類やブランド、被告の電話番号のほかに、被告標章(一)及び同(二)が黄色の地に黒色で相当大きく人目を引くように表示されている。また、幟は被告の店舗の近くに立ててあるが、被告標章(一)及び同(二)が黄色の地に黒色で大きく表示されている。ひさし型テントは店舗入口上部に張られているが、やはり黄色地に黒色で被告標章(一)及び同(二)が人目を引くように大きく記載されている。案内板は、被告店舗のすぐ近くの場所に設置され右店舗がすぐそこにあることを案内するものであるが、黄色の地に黒色等で被告標章(一)及び同(二)が大きく表示され、矢印とともに「すぐそこ」と書き添えてある。

(二)  右認定によれば、包装用袋は、被告がこれに商品を入れることにより商品の包装としての機能を有することになるとともに、これを客に渡してそのまま商品を持ち帰って貰うことにより被告の取り扱う商品を広告する機能を有しているものと認めることができる。従って、被告が包装用袋に商品を入れて客に渡す行為は商標法二条三項二号のうち商品の包装に標章を付したものを引き渡す行為及び同七号(「商品」については平成三年法律第六五号による改正前後を通じ同趣旨の規定である。)のうち商品に関する広告に標章を付して頒布する行為に該当すると認めるのが相当である。また、レシートについては、これを交付する行為は同項七号の商品に関する取引書類に標章を付して頒布する行為に該当し、商品に値札を付けて展示する行為は、同号の商品に関する定価表に標章を付して展示する行為に該当すると認めるのが相当である。そして、広告用ちらし及び被告看板等については、同号の商品に関する広告に標章を付して展示し、又は頒布する行為に該当するものと認めることができる。

(三)(1)  被告は、右の被告標章はいずれも営業主体又は被告の店名を表示する目的でその態様で前記の物に表示しているのに過ぎず、従って商品表示として、あるいは商品名として表示しているのではないから、商標としての使用に該当しないと主張している。そして、被告代表者本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、被告は「ウォークマン」を被告の法人としての名称の略称としていること及びこれを被告の店舗の名称としていることを認めることができるところ、被告は、前記のとおり靴類及び被服類の専門小売業者であり、被告の取扱商品にはいずれも製造業者により商標が付されているのであるから、被告標章が前記のように包装用袋等に表示されたとしても、客その他の取引関係者が、これを製造業者を特定識別するための標章として認識することはないことを認めることができる。

(2) しかし、被告標章の文字部分は被告の法人名の一部と同一ではあるが、右法人名自体ではなくその略称である。そして、右略称が被告を表示する略称として周知のものであると認めるに足りる証拠はないから、被告標章により被告の法人名が表示されていると評価すること自体困難であるといわざるを得ない。また、被告標章は文字あるいは文字と絵柄がデザイン化されたものであって法人名称や店名を表示するについて普通に行われている表示ということはできないし、特に被告標章(一)は文字と絵柄が結合して一つの標章とされているのであるから、これが被告の法人名称や店名を表示するためのものといい難いことは明らかである。更に、被告標章が本件の包装用袋等に表示されている態様は前記のとおりであり、これらは、いずれも、その表示されているものに応じて大きく表示されたり色彩効果を用いたりして人目を引く方法で表示されている。これらのことからすれば、被告標章は、単に法人名称なしい店名を表示する機能を果たしているものと認めることはできない。なお、被告標章の一部に電話番号あるいは「スニーカー&スポーツ、ブランドシューズ専門店」という文言が併記されてるものがあることは、右認定判断を覆すに足りるものではない。

(3) そして、右のような被告標章は、これが商標の本来有する機能である自他商品識別機能を発揮する態様で使用されている場合に商標として使用されているものと認めるのが相当であるところ、この自他商品識別機能には、商品の製造業者を表示してこれと他の商品とを区別する面だけではなく、その商品を販売する業者が自己の責任により選択して販売する商品であることを示して他の販売業者の選択販売する商品と区別する面で機能する場合も含むものと解するのが相当である。ところで、前記包装用袋に表示された被告標章は、被告が販売した商品を直接収納するものであり、当該商品が被告の責任により選択され販売されたことを表示して他の販売業者の選択販売に係る商品と区別する機能を発揮する態様で使用されていると認めることができる。また、レシートは、被告の販売した商品に直接関連する取引書類でありこれに表示された被告標章も右と同様の機能を発揮していると認めることができる。広告用ちらしについては、被告標章は前記のような態様で表示されているのであるから、これが同様の機能を発揮していることは明らかである。以上のものと比較すると、被告看板等については被告の取扱商品との現実の結びつきは比較的薄くなるが、これらの看板等は、いずれも被告の店舗自体ないしそのすぐ近くに設置されているものであり、当該店舗における被告商品の購入を慫慂する目的で右商品を宣伝、広告するものであるから、同様に、当該店舗で被告が販売する商品が被告の責任による選択販売に係る商品であることを表示する機能を有していることを否定し難いものというべきである。

(4) 従って、被告の前記主張は、いずれも採用することができない。

2  請求原因3の(二)(原告商標と被告標章の類似性)について

(一) 被告標章(一)と原告商標(二)を対比すると、両者は、全体として、外観、称呼及び観念において類似すると認めることができる。もっとも、両者は、①被告標章(一)には靴の絵柄があるが原告商標(二)にはこれがない点、②被告標章(一)では「WALKMAN」部分が靴底の曲りに沿って若干右上がりの曲線状に配置されているが原告商標(二)の「WALKMAN」は直線状に配置されている点及び③原告商標(二)には「WALKMAN」の下に「ウオークマン」が配置されているが被告標章(一)には「ウオークマン」部分がない点で相違がある。しかし、①については、靴の絵柄はそれ自体は一般的な靴の絵柄であるに過ぎない。これに対して、「WALKMAN」は、後記のとおり、原告がこれを商標に用いて昭和五四年七月に小型軽量携帯用カセットテーププレーヤーを発売したところ、爆発的ともいうべき人気を呼び、マスメディアにも極めて頻繁に取り上げられたため、昭和五五年中には、我が国において著名な商標となり現在に至っていることを認めることができるから、「WALKMAN」の称呼と観念は、これを見る人に右商標との関係で特に強い印象を与え得るものということができる。これらの事実に照すと、被告標章(一)のうち靴の絵柄は補助的なものであって「WALKMAN」部分以上に主要な構成部分ではないと認めるのが相当である。②は、外観、称呼及び観念のいずれの観点においても、両者の類似性を否定させるものではない。③も同様である。

(二) 被告標章(一)と原告商標(三)についても、右(一)と同様の理由で、類似していると認めることができる。

(三) 被告標章(二)と原告商標(二)及び(三)についても、類似性を肯定することができる。原告商標(二)には「WALK-MAN」という英文字部分があり、また原告商標(三)は英語文字列であるという相違があり、また被告標章(二)と原告商標(二)の「ウオークマン」部分の書体は異なるが、前者については、「WALK-MAN」と「ウオークマン」は我が国の普通の人には称呼及びその与える観念は同一と受け取られることに照すと両者の類似性に影響を及ぼさないというべきであるし、後者については、称呼、観念の観点及び「ウオークマン」表示の前記著名性に照すと、類似性を肯定する障害となるものとは認められない。

3  請求原因3の(三)(原告商標権の指定商品と被告の商品の同一性)について

原告商標権の指定商品が旧商品区分一七類及び二二類であること並びに被告が靴類及び被服類を販売していることは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第一六号証によれば、被告は、ポロシャツ、ティーシャツその他の各種シャツ、コート、ジーンズ等のパンツ及びウォーキングシューズ、ジョギングシューズ、キャンパスシューズ等を販売していることを認めることができる。そして、被告の右取扱商品が前記指定商品に含まれることは明らかである。被告は、被告の取扱商品は、旧二四類に属する運動用特殊靴及び運動用特殊被服であると主張しているが、運動用特殊靴は日常生活でほとんど使用されないスキー靴、登山靴あるいはスパイクシューズ等が該当するのであって、被告の前記取扱商品はこれに該当しない。また、運動用特殊被服はスポーツをする際に限って着用又は使用される特殊なものをいうのであって、被告の前記取扱商品はこれに該当しない。

4  差止請求について

以上によれば、被告は、前記のように被告標章を使用することにより原告商標権を侵害しているから、被告標章の使用の差止請求(主文三項)は、いずれも理由がある。

5  侵害組成物の廃棄請求について

また、同じ理由により、侵害組成物の廃棄請求(主文四項)も、理由がある。

6  損害賠償請求について

(一)  前記のとおり、被告は、被告の設立後、原告商標権を侵害しているというべきところ、商標法三九条(特許法一〇三条)により、被告には、右侵害について過失があったと推定される。そして、原告は、商標法三八条二項の適用を主張し、原告商標権の使用に対し通常受けるべき金銭額に相当する額は、少なくとも被告の全商品の売上額の一パーセントであると主張している。

(二)  そこで、検討するに、商標法三八条二項は、他人の商標権を侵害した者は、本来であれば商標権者に対価を支払って登録商標を使用すべきであるのに右支払いを不当に免れていると考え得ることに着目して、商標権者には少なくとも右対価相当額の損害が発生したものとみなしてその賠償を請求することができるとする趣旨の規定であると解するのが相当である。従って、原告が原告商標権を侵害されたことにより現実に損害を被ったことについての立証をまつまでもなく、他に特段の主張、立証のない以上、被告は、原告に対し、原告商標の使用に対し通常受けるべき対価の額に相当する損害を賠償する義務があるというべきである。ところで、後記認定のとおり、原告は、原告商標が著名になるとともに、その保護と商品化事業を積極的に展開し、ソニー企業株式会社に原告商標の使用許諾をしたうえ、右会社を通じて、被告の取扱商品である靴類及び被服類を含む幅広い商品分野についてその製造販売業者に原告商標の再使用許諾をしていること、そして、再使用許諾の対価は、当該商標を付した商品の売上高の五パーセントとされていることを認めることができるから、前記のように被告が賠償するべき金額は、原告主張のとおり被告の商品の売上高の一パーセントを下ることはないと認めるのが相当である。そして、被告は、その販売する全商品を対象とする包装用袋、広告等に被告標章を表示して原告商標権を侵害しているのであるから、右の売上高は、被告の全商品の売上高というのが相当であるところ、右売上高が、平成二年六月期は二億二〇〇〇万円、平成三年六月期は二億七〇〇〇万円、平成四年六月期は四億三二〇〇万円の合計九億二二〇〇万円であることは当事者間に争いがない。そして、その一パーセントは九二二万円である。

(三)  また、原告が本件訴訟の提起、追行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任したことにより負担した弁護士費用中、本訴提起時の現価として九〇万円は、被告の原告商標権侵害行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(四)  そうすると、原告の請求額三〇〇万円は以上の損害の範囲内のものであるから、右三〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな平成四年一月一七日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の請求(主文五項)は、理由がある。

三  不正競争防止法による請求について

1  適用される法律

(一)  原告の不正競争防止法による請求は、被告は原告の周知・著名の商品表示及び営業表示を冒用しているから、右冒用行為の差止め等及び損害賠償を請求するというものである。そして、このうち商号の使用差止め及び商号抹消登記手続請求以外の請求部分は前記のとおり商標法による請求により認容されるべきものであるから、原告の請求態様に鑑み、ここでは右差止め及び登記手続請求の当否が判断の対象となる。

(二)  平成六年五月一日に施行された新法二条一項二号は、著名表示の冒用行為について新たに緩やかな要件でこれを不正競争行為と定め、新法三条、四条及び五条により差止め等の請求をなし得るものとしているが、同法附則三条により、著名表示の冒用行為でもこれが新法の施行前に開始した行為を継続する行為である場合には右三条ないし五条の規定を適用しない旨定められているのであるから、結局、新法の著名表示冒用に関する規定は、本件には適用されない。

(三)  他方、周知表示の冒用については、新法では二条一項一号が不正競争行為に該当する要件を定め、前記三条でこれに該当する場合の差止請求権について規定している。ところで、差止請求権の成否はその性質上口頭弁論終結時現在における要件の存否に係るものであるから、これに適用される法律も、前記のように特別の規定があるためその適用が制限される場合のほかは、口頭弁論終結時における法律がこれに該当することになるが、新法及び新法附則中には、このような特別の定めは見出し難いというべきである(新法附則二条本文参照)。従って、本件の差止請求権の要件の存否は、新法により判断されるべきことになる(但し、差止請求の要件は、新旧両法とも実質的に変りはない。)。

2(一)  請求原因4の(一)(原告の商品表示及び営業表示とその周知性)について

(1) 請求原因4の(一)のうち、「ウオークマン」表示が原告製小型軽量携帯用カセットテーププレーヤーに関して日本国内で周知であることは、当事者間に争いがない。この事実と証拠(成立に争いのない甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし七、第六号証の一ないし五、第七ないし第一一号証、第一二号証の一ないし五、第一三・一四号証、第一五号証の一ないし三、第一七・一八号証、第四二号証、第六九号証、第一二八号証、乙第七号証、原本の存在、成立ともに争いのない甲第一九号証の一ないし三、第三五ないし第四〇号証、第七〇ないし第七七号証の各一ないし三、第九一ないし第九七号証、第一〇四ないし第一二二号証、第一二七号証、証人生田目欣一の証言により真正に成立したものと認められる甲第二一ないし第三一号証、第四四ないし第六七号証、同証言により原本の存在、成立ともに認められる甲第四三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一二九号証、証人生田目欣一の証言)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認定することができる。

(ⅰ)原告は主として電気機械器具の製造販売を業とする会社として、国内のみならず国外でも著名な会社であるが、昭和五四年に、小型軽量携帯用カセットテーププレーヤーの開発に成功した。右商品は、小型軽量で歩きながら音楽等を聴くことができるという画期的な特徴があった。そこで、原告は、「歩く」を意味する英語の「WALK」と「人」を意味する英語の「MAN」を組み合わせた造語である「WALK-MAN」及びそのカタカナ表記である「ウオークマン」を考案し、これを右商品の商標に用いた。右商品は、昭和五四年七月の発売とともに爆発的ともいうべき人気を呼んで大きな売上を上げ、「ウオークマン」という名称とともに新聞、テレビ及び雑誌等のマスメディアにも極めて頻繁に取り上げられ、原告の製造する商品の代表的なものの一つとなった。そのため、既に昭和五五年中には、右商標及び「ウオークマン」という名称は原告のカセットテーププレーヤーの表示及び名称として著名になるとともに、原告は、右商品を製造販売する会社として国内及び国外に知れ渡るまでになった。

(ⅱ) 原告は、原告商標が著名になるとともにその保護とライセンス事業を極めて積極的に展開し、一〇〇パーセント子会社であるソニー企業株式会社に原告商標の使用許諾をしたうえ、右会社を通じて、被告の取扱商品である靴類及び衣服類を含め、その他にも眼鏡、弁当箱、清涼飲料、距離計及び歩行計等の幅広い商品分野について、その製造販売業者に原告商標の再使用許諾をするようになった。これらの事業のうち、被告の営業と関連する被服類関係の商品についてソニー企業株式会社が原告商標の再使用許諾をした過去の実績は次のとおりである。

①(靴類)

昭和五八年一月一日から平成二年一二月三一日まで原告商標(一)を広島化成株式会社に使用許諾し、昭和六一年三月一日から平成元年三月三一日まで原告商標(一)及び(二)を綾部トーヨーゴム株式会社に使用許諾し、平成元年四月一日から平成四年三月三一日まで原告商標(一)及び(二)を東洋ゴム工業株式会社に使用許諾した。右再使用権者らは、右各原告商標を付した靴類を通常の販売ルート(百貨店、小売店等)に乗せて販売したが、その売上高は、広島化成株式会社が昭和五八年度三九四〇万五〇〇〇円、昭和六一年度四一〇六万三二九〇円、同六二年度五〇九七万八二八〇円、同六三年度三九二〇万三〇二〇円、平成元年度六三一三万三九四〇円、同二年度二六八七万八〇〇〇円の合計二億六〇六六万一五三〇円、綾部トーヨーゴム株式会社が昭和六一年度三七五六万二二三四円、同六二年度二八四五万九六九六円、同六三年度四五七一万七〇〇〇円の合計一億一一七三万八九三〇円、東洋ゴム工業株式会社が平成元年度三一七三万四一八〇円、同二年度四五三八万七九七〇円、同三年度六七八万八〇一〇円の合計八三九一万〇一六〇円である。

②(被服類)

昭和五九年一月一日から平成五年一二月三一日まで原告商標(一)等を成和株式会社のネクタイ、マフラーその他ネックウェア全般について使用許諾し、昭和五八年一月一日から昭和六〇年一二月三一日まで原告商標(一)等を三井物産株式会社のブルゾン、ベスト、パンツ、シャツ等について使用許諾し、昭和五八年一月一日から昭和六〇年一二月三一日まで原告商標(一)を株式会社又一洋行のセーター、ティーシャツ等について使用許諾し、昭和五八年四月一日から昭和六〇年一二月三一日まで原告商標(一)等を株式会社ダイケンセンイのショーツ全般について使用許諾し、昭和五八年一月一日から昭和六一年一二月三一日まで原告商標(一)を福助株式会社の靴下について使用許諾した。右使用許諾商品の販売額は、成和株式会社が合計五三九八万一〇〇〇円、三井物産株式会社が合計九九〇一万二三二五円、株式会社又一洋行が合計一億二八一六万六〇四〇円、株式会社ダイケンセンイが合計二四二五万一〇一六円、福助株式会社が合計五四九六万七二六〇円である。

(ⅲ) 右の再使用許諾においては、許諾製品の品質について予め許諾権者の検査承認を受けること及び許諾製品の宣伝広告内容についても同様とすること等、「ウオークマン」表示を使用する製品の品質管理及び「ウオークマン」表示の使用方法について相当厳格な約定が付されている。

(ⅳ) なお、原告は、その地域・自己系列店をして、「ウオークマン」製品の販売強化を図るため、平成元年頃より、全国各地の特約電気店等に対し、「WALKMAN PRO SHOP」という表示の下に営業をなすことを許諾している。そして、右の許諾をうけて右表示を使用している店舗は、平成四年二月現在で、全国に九七店あり、千葉市内には二店存在している。

(ⅴ) 原告の依頼により、株式会社電算は、平成四年三月に、「ウオークマン」という名称が原告(「ソニー」)の代名詞ということができるほど消費者に浸透しているか否か及び「有限会社ウォークマン」という名称が原告と何らかの関係があると誤解を招くおそれがあるか否かの二点を調査目的として、電話調査法による調査をした。右調査対象は東京都内及び千葉県内の高校生から四〇歳代までの五〇〇人であったが、「ウオークマン」という言葉からどのような物を思い浮かべますか、またそれはどこのメーカーの商品ですか、という質問に対し、ヘッドホンステレオでソニー製と回答したものが東京居住者では四一パーセント、千葉居住者では48.5パーセント、そのほかの商品であるがソニー製と回答したものが東京居住者では42.3パーセント、千葉居住者では二七パーセントに達している。従って、「ウオークマン」という言葉からソニーを連想した人は東京居住者で83.3パーセント、千葉居住者で76.0パーセントに達していることになる。

(2) 以上の認定によれば、原告商標及びこれが持つ「ウオークマン」の表示及び称呼は、全国的に周知されているにとどまらず高度に著名な商品表示であるとともに、右名称により原告自体を連想する人が極めて多いことが明らかである。

(二)  請求原因4の(二)(原告の商品表示及び営業表示)について

請求原因4の(二)は、当事者間に争いがない。

(三)  請求原因4の(三)(原告表示と被告表示との類似性)について

被告の商号中の「ウォークマン」部分は、「ウオークマン」表示の表記及び称呼と同一である。

(四)  請求原因4の(四)(原告の商品あるいは営業と被告の商品あるいは営業との混同のおそれ及び原告の営業上の利益が侵害されるおそれ)について

(1) 新法二条一項一号所定の「混同を生じさせる行為」は、周知の他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、商品の容器若しくはその他の商品又は営業を表示するもの)と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一の商品主体又は営業主体と誤認させる行為のみならず、自己と右他人との間にいわゆる親子会社関係、系列関係、あるいは業務提携関係、ライセンス提携関係等、組織上、経済上、取引上何らかの特別な関係が存在するものと誤認させるおそれのある行為を包含し、必ずしも両者間に競争関係が存在することを要しないものと解するのが相当である。

(2) ところで、前記認定によれば、①原告の「ウオークマン」表示は、我が国において高度に著名な表示であり、②「ウオークマン」という言葉自体「ウオークマン」表示とともに初めて世に出た造語であってその表示に係る商品主体との結び付が強く、③現実に「ウオークマン」表示により原告自体を連想する人が極めて多く、④広範な商品について使用許諾が行われ、⑤その中には被告の取扱商品である靴類及び被服類が含まれており、⑥右使用許諾にあたっては「ウオークマン」表示を使用する商品の品質管理及び「ウオークマン」表示を宣伝広告に使用するについて原告ないしソニー企業株式会社の相当厳格な管理統制が及ぶこととされており、更に、⑦著名商品に係る著名表示の使用についてその主体により右のように管理等がなされているものが多いことは、取引者及び需要者により一般的に承認されあるいは想定され得ているところでもある。そして、これらの状況のもとで、被告が有限会社ウォークマンの商号のもとに「ウォークマン」という名称を営業活動及び営業施設について使用し、更には被告標章を前記のとおり被告の取扱商品について使用するのであれば、一般取引者及び需要者が、原告と被告との間には前記のとおり組織上、経済上あるいは取引上何らかの特別な関係があると誤認するおそれがあると認めるのが相当である。

(3) そして、原告は原告商標の使用許諾権者であり、右のような混同が生じるときには、前記ライセンス事業における「ウオークマン」表示の管理統制及び右表示による商品の出所鑑別機能、品質保証機能及び顧客吸引力を害されるおそれがあると認めることができるところ、このような者も前記三条一項にいう営業上の利益を侵害されるおそれがある者に該当すると解するのが相当である。

(4) 被告は、「ウオークマン」表示は被告の取扱商品である靴類及び被服類に関しては周知表示ということができないから、前記混同のおそれ及び営業上の利益を侵害されるおそれはないと強調している。しかし、混同のおそれ及び営業上の利益侵害のおそれの有無は前記のように広義に解するのが相当であるところ、このように広義の混同のおそれ及び営業上の利益侵害を考える場合には、「ウオークマン」表示が被告の取扱商品について周知性を有すること自体は右問題を積極に認定するについて必要条件となるものではない。そして、本件では、前記認定の意味で混同のおそれ及び営業利益侵害のおそれがあることを認定することができるのであるから、被告の前記主張は、採用することができない。

(5) また、被告は、被告の事業が単に靴類及び被服類の小売業であることを理由として原告の展開するライセンス事業とは明らかに異なるから混同のおそれはないと主張している。しかし、原告の展開するライセンス事業が一般に被告の業態の企業を対象としない性質のものであるということはできないから、右主張も採用することができない。

(五)  被告の抗弁について

新法一一条一項三号は、他人の商品等表示が周知性を得る前からこれと同一若しくは類似の表示を使用する者又はその承継人が不正の目的でなく右表示を使用等する行為はこれを差し止められない旨を規定している。そして、被告は、被告代表者が「ウォークマン」の名称を使用し始めた前記昭和六〇年一二月当時には、「ウオークマン」表示はカセットテーププレーヤー以外の商品に関する商品表示として周知性がなかったことを理由として、被告代表者から右名称を承継した被告はこれを使用することができる旨主張している。しかし、前記のように、「ウオークマン」表示は、被告代表者が「ウォークマン」の名称を使用する相当前から日本国内で周知著名となっていたものである。そして、周知表示の主体にその冒用行為の差止め等の権利が与えられる趣旨は、冒用により取引者又は需要者がその使用主体を混同するおそれがあるからにほかならないところ、右の混同は、前記のように必ずしも競争関係にある商品に関して生ずるものに限らず、両主体間に前記のとおり特別な関係があると誤認させるおそれがあるというような広義の概念である。従って、前記三号にいう周知性も、当該表示自体が周知であれば足り、両者間に競合関係のある商品の表示として周知であることまでは要しないと解するのが相当であるから、被告の抗弁は、前提を欠くものであり、採用することができない。

(六)  原告の請求の当否

以上によれば、被告は、原告の周知商品等表示と同一である「ウォークマン」の文字を被告の営業活動及び営業施設に使用してはならず、また、右営業活動及び営業施設に「有限会社ウォークマン」の商号を使用してはならないから、原告の請求中、これらの使用差止めを請求する部分は理由がある。また、右商号の使用差止めを実効的なものとするため、原告には、被告の右商号の抹消登記手続を請求する権利があると解するのが相当であるから、原告の右抹消登記手続請求も理由がある。

四  結論

以上によれば、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言は相当でないから、これを付さない。

(裁判長裁判官加藤英継 裁判官中村俊夫 裁判官片岡武は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官加藤英継)

原告商標権目録

(1) 登録番号 第一五五一二二三号

出願日 昭和五四年一二月一四日

出願公告日 昭和五七年二月九日

登録日 昭和五七年一一月二六日

指定商品 第二二類 はき物(運動用特殊ぐつを除く)、かさ、つえ、これらの部品及び付属品

登録商標 別紙原告商標目録(一)記載のとおり

(2) 登録番号 第一七三四八九二号

出願日 昭和五七年五月一九日

出願公告日 昭和五九年五月二日

登録日 昭和五九年一二月二〇日

指定商品 第二二類 (1)に同じ

登録商標 別紙原告商標目録(二)記載のとおり

(3) 登録番号 第一九九四〇三二号

出願日 昭和六〇年六月二七日

出願公告日 昭和六二年三月二七日

登録日 昭和六二年一〇月二七日

指定商品 第一七類 被服(運動用特殊被服を除く)、布製身回品(他の類に属するものを除く)、寝具類(寝台を除く)

登録商標 別紙原告商標目録(一)記載のとおり

(4) 登録番号 第一九〇三〇五三号

出願日 昭和五七年一〇月六日

出願公告日 昭和六一年二月一八日

登録日 昭和六一年一〇月二八日

指定商品 第一七類 (3)に同じ

登録商標 別紙原告商標目録(二)記載のとおり

(5) 登録番号 第一七九一二七六号

出願日 昭和五七年四月一六日

出願公告日 昭和五九年一一月一三日

登録日 昭和六〇年七月二九日

指定商品 第一七類 (3)に同じ

登録商標 別紙原告商標目録(三)記載のとおり

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